アイスピッケルに昆布を巻く

徒歩で30分くらいのところにあるホームセンター。おれはホームセンターが好きだ。今日は趣味の製図用のシャープペンシルの芯を買いにきた。いくつも連なった棚には無数のシャーペンと芯が並んでいて、これはなんという充実であろうか。文房具コーナーからとおくに無数のスチールラックが見えて、その横には木材が積み上がっている。

ホームセンターは広大で、広々としたフロアが連なる三階建だ。高い天井へ複雑に反響した音が、まるで透きとおった冷たい鉄でできた巨大な聖堂か深いプールのような雰囲気を作り出している。

ここへ来ると、いつも決まって楽しい気分になる、ずらっと並んだ文房具も、鈍く光っている工具類も、観葉植物まで、なんでも目に入ってくると「これ使ってなにするかなあ」という気分になってくるし、「太いラインの新しいノートを買って、好きな曲の歌詞をひたすら書きまくろうかな」という思いつきがやってきたりする。

ホームセンターの中にいると、まるで世界が清潔な秩序を持ってそこにあって、穏やかな、無限の可能性にみちているような感じられるのだ。

それで、いざ帰ると無数のアイテムの輪郭はぶよぶよした生活中に溶けていってしまうのだが、ここにいる時だけはすごく清潔に照明される。

こまごまとした無数のアイテムからどこまでも広がっていく生活のありようというものが確かにあるような気がするーー

店内にいる客たちのカートを眺めてみると、みんな本当にバラエティのある、思い思いの生活のありようを積んでいる。、アイスピッケルと冷凍食品の唐揚げを山盛りにしている男がいる、長さのばらばらな角材を何本も並べている人がいる(カートの脇にぶら下がる昆布だしの素)、おれは足を止めて、それぞれのアイテムから照らされる謎めいた余白につい見入ってしまう。

おれが購入しようと思っていたのはシャーペンの芯だけだったが、なんだかブーメランも欲しくなる。あとグラジオラスとか、野菜カッターとか、何かはじめてみたくなる。何かはじめられる気がするのだ。

毎日を均質な清潔さとともに送ることができたとしたら、ホームセンターの世界を百パーセントの純度で延長できる生活があったとしたら、それだけで全て足りるような気さえしてくる。

そしてなにより、アアア!入り口にぎっちり詰め込まれている大きなステンレスのカート!無数に組み上がった鋼の網で、モギモギと微妙な音をきしませながら走るあのカートにおれはもうずっと焦がれているのだ。

ーーレジでつつましく会計を済ませて、そのままカートに乗って家まで滑走して帰りたいーー

買ったのはシャーペンの芯、洗剤、クラフトジン、uniのボールペン、ここから浮き上がってくるおれの生活…?「小さな杯にそそいだジンを一気飲みしてボールペンでペン回しにの練習に明け暮れる男」、あるいは「休日のわびしい充足を味わうリーマン」?

 

ごっそりと堕落(;´Д`)

いっそ「明るい資源を満載した鋼のカートで疾走する土曜日の男」になろう。そうしたら労苦にすり切られた生活もきっと少しは明るくなるだろう、

 

おれは鉄のカートの薄汚れたグリップを強く握りしめた。