弓光ケバブ

先日、4周目にさしかかったゼルダをプレイするため小笠の家へ遊びに行った。リンクが巨大な弓みたいな武器であたりの敵を一掃して、おれも小笠も「ヒュオ!ヒュオ!」などと叫びながら右手を高速で振り回し、ひどくエキサイトして、やがて正午のけだるい靄が立ち込め始めたとき、じゃあ昼飯はどうしよう、という話になって、予算や天候との調和も十分に考慮した上で、近所のショッピングモールへ行くことにした。

「うまいケバブがあるんですよ」

閑散としたモールの広場のちょうど真ん中あたりに、煤けたアルミフレームの上に鮮やかな色彩の布を何枚も貼り付けました、といった情緒のただようケバブ屋があって、中にはいかにもうまいケバブを拵えそうな長身の男性がいて、鉄板からたちのぼってくる肉汁のあまい蒸気とスパイシーソースに鼻腔をくすぐられた。なるほどーこれはいいわ、どう見てもうまそうだ。おれは辛口のケバブを、小笠は中辛を注文した。あわせてたった1000円だったことに加えて、店員がぶっきらぼうにさしだしてくれたビニール袋を受け取ると、あれ、大丈夫かなこれ?、と心配になるほどずっしりと重かった。特価品のメロンを2つぶら下げているような手応えがあった。

「カルダモンとオレガノに謎のきらめきがあるんですよ」

はちきれそうな包装紙に貼られた黄色いテープを剥がして、一人前のケバブを机の上で解いてみると、ばさ、というヘヴィーな音が響いた。いわゆる肉や野菜やスパイシーソースが混じり合った美味そうな塊をピタパンで挟み込んだあのサンドイッチ風のではなくて、定食屋の「まんぷく肉盛りランチ」を三人前、強引に詰め込んでみましたといった具合。

「これはむりだわ笑」

おれはさも痛快な調子で叫んでしまった。すぐさま大きな皿へと移して、ナイフとフォークを使ってむさぼり食うことに。

ナイフとフォークを構えると、表面についた無数の傷に午後の光が反射していた。

3分くらいで完食しただろうか、分厚くスライスされた肉の旨みをオリジナルスパイスがうまく引き出していていた。カルダモンとオレガノは切れ切れに届く鐘の音のように吹き抜けていった。シャキシャキのキャベツもいいアクセントになっていた。炭酸水で一気に流し込むのもはっきり言って爽快だった。

森も水晶もイヤホンもBluetoothできたよな?

ゼンハイザーのワイヤレスイヤホン。イヤホンのケーブルがやたらと断線するので、この機会にワイヤレスに、と思って買ってみた。

紙の箱を開けた瞬間にかすかに漂ってくる金属の匂いと、ドイツのプロダクトらしい無駄のない頑強なデザイン、そしてペアリング中に点滅する青みがかった光。

耳に添えるだけのワイヤレスイヤホンは、もっと弱いのだと思っていた。ちょっとした歩幅の乱れであっという間に剥がれてコンクリートの上を無様に転がり落ちていくイヤホンを想像していたし、有線のを適当に丸めてポケットへ突っ込んでおくことにどこか風情を感じていたし、マイクが伸びているタイプなんかも〈あれなんの管かな?ビタミンDとかを耳から注ぎ込むのだろうか?〉と思っていたのは正直に言っておくけど、ゼンハイザーの妖しいにぶい艶をこもらすケースには物としての「強度」を感じた。本体をケースに戻した時にガシィィィ!と力強く噛み合う音が響いたときおれはこれが毎日の装備品のひとつになることを確信した。

あと、手ぶらで聴けるのがこんなに良いものだとは思わなかった。たとえば出先で、リュックのポケットからさっとゼンハイザーを取り出して片耳に装着してすぐにフランス語のリスニングなんかを始められるのもいいし、自宅で掃除する時はグルーヴにガンガン身体を揺らして、両手で旋回運動をしてみたり、床に崩れ落ちてみたりと、そのままの勢いで洗濯や洗い物のタスクを身軽に次々と打ちあてて行くことができるのだ。

そして充電の問題。一度出かけるたびにフル充電が必要なのだと思っていたのだが、ケースを含めてバッテリーの容量が予想よりも遥かに大きく、せいぜい一週間にいちど充電しておけば気兼ねなく使える。充電の問題は透明となって、ただ路上の石のように、自然のエレメントとしてずっしりとそこにある感じだ。

音も最初はうすいのかな?遠いのかな?と思っていた。しかしこれは余分なコンプレッションがかかってないためにそう聴こえるだけだった。音質としてはこれまで使ってたイヤホンより良さそうだ。

今日もリュックへ石を詰める気持ちでゼンハイザーを一番上のポケットへ忍ばせて出かけます。

木陰にTHUNDER VOLT、オリーヴ摘んで

水曜日の、ちょうど13時だった。午後の仕事へ向かうため、おれはオフィスへと続く坂道を下っていた。

朝は、あれ、寒いかな?と思って薄手のカーティガンなど羽織ってきたものの、陽が高くのぼってくると意外と暑い。シャツの下で胸や腰や腕や肩がうっすらと汗ばんでいるのを感じる。

緑の匂いがする。湿っぽくにじむような樹木の匂い。いよいよ初夏かな?試しに、右手を肩回しの要領でガンガン振ってみると緑の匂いのする竜巻きが起きた。初夏だなあ。おれは少し気分が乗ってきて、ジョンフルシアンテの〈Carvel〉を口ずさみ始めた。

AH AHAH AHAHAA、AH AHAH AHAHAA、軽く節をつけて、昼休み終わり特有の焦燥感を注ぎ込むようにしてメロディを歌うと、なんだか勇ましい気持ちになってきた。

月曜の朝の混沌の中でも、退勤後の静けさの中でも、フルシアンテはいつ歌っても最高だ。

ファミマの前まで来たあたりで、右ポケットの中のスマホが、ヴッ、と振動する。運送会社から荷物の配達完了を知らせるメールが届いていた。ふた月寝かしている水道代の催促だろうか?あるいはついに水道菅を封鎖されたかーー?と、不安がよぎったが、この前ネットで注文したシャツだった。

LOLOのプルオーバーシャツだ。昔よく着ていたシャツを先日、先藤町のセレクトショップで見つけて、おとといネットで購入したのだ。ノーヴルで騎士的なエッセンスを絶妙に抽象化して、サラリと普遍的な形へ落としこんだデザインと、強靭なコットン生地、そしてわずかに影を含んだ複雑な色あい。

どれもピンと来るものがあった。そして、ショップの試着室で袖を通したとき、優しい稲妻のような感覚に打たれた。自分の「ユニフォーム」の一つにすることに決めた。

手始めに黒とブルーグレーをそろえて、つい先日、今年の新作である綺麗なダークオリーヴの一枚を見つけて、とっさに注文した。オリーヴのにぶい輝きと、艶っぽい色あいが美しいと思った。

帰ったらLOLOのシャツが届いている。ラフなガムテープで頑強に梱包された紙袋が4番の宅配ボックスにドロップされている。

その事実が今日のおれを何度でも蘇生する。シンプルに明るい。楽しいことだ。そして袖を通してみることを想像すると良い気分になってくる。

こういうのはいつでも楽しみだ。Werkshtatt Munchenの無骨なシルバーリングを手に入れた時もそうだったし、ホグロフスの青いマウンテンパーカーを手に入れた時もそうだった。しっくりくる「ユニフォーム」を手に入れるほど良いものはない。

ダークオリーヴなら職場でも着れるな。鮭松だってこの前変なラメの入ったピンク色のカーディガンだったし、嶺田さんはサンダルだったしな。

よし。月曜は新しいシャツを着て出勤しよう。そして、強靭なコットン生地のポケットに両手を突っ込んで、少し背中を丸めてこの坂道を歩こう。

ーーいつかナイトになれそうだなーー

おれは声をかるくドライヴさせて、ジョンフルシアンテのメロディを勇ましく口ずさみながら、灰色のオフィスへ向かって、正午のにぎわいを見せる十字路を右に曲がった。

ハムサンドを圧縮するおれ

ランチのラテに合わせるのはいつもハムサンド(380円)。レジ横にある鋼の陳列ケースの一番下にある。大量のトルティーヤラップやホットチーズロールの山が投げた影のようにひっそりと並んでいる。

重力に抗えずぐったりと折れ曲がったその姿といい、どう見ても貼り付けのあまい剥がれかけた値札といい、たぶん埼玉か千葉あたりのデッドな工場で生産されたのだろう。大きな錆びた機械がサンドイッチの生産ラインでガンガン縦横無尽に暴れ狂っているような。最寄り駅から徒歩90分の。すでに廃墟の風情を漂わせている。

でも、すごく新鮮そうに見える。ふっくらとして分厚い。うっすらとサシ目の入ったハムの自然な発色。そしてうまい。パンは細やかな空気の粒をふんだんに含んで食感がいいし、ハムのコクも香りもじつに豊かで、もしこれが洗練された化学調味料による味わいだったとしても、ああもはやオーガニックだなあ、という感じ。

何よりキリッと効いた芥子の爽やかさ。

ーおれの流儀ー
包装フィルムを右手でつかんで《オガァァッッ!》といった具合に圧縮、だいたい縦横10cm厚さ3cmくらいの、Sophisticatedな所作でむさぼり食うのに適したサイズにまとめて、いつも二口くらいで平らげる。

それほど力強い味わいを持っているタマゴサンドだし、じっさい毎日食べたいほどにうまいのだ。

芥子の酸味に含まれた微かなりりしさに、おれはいつも午後をサヴァイヴするための勇気をもらっている感じがする。

しかし、一体どうしてレジ横で鈍く輝く鋼の陳列ケースの一番下に陳列されているのだろう?たしかに軽食類は各種ラップやロールの「花形」とは別に、テリヤキBBQサンド、ザク切り春雨ドッグ、バナナクッキー、無花果ジュレ、など、たくさん揃っているのは分かるけど、どうしてここまで洗練されたハムサンドがサブ的な扱いなのだろうか。アアア!!

だれかデッドな工場へ問い合わせてみてくれないか?

味噌エクストリーム

丼になみなみと注がれたスープから上ってくる湯気を浴びたら顔がすげえ熱くなって「おほぁ!」という気分。爽快だ。目をつぶってみると、まぶたに湯気がにじんで、まるでドラゴンの吐息に盾をかざしたようで、突然ブラックアウトしたおれの視界に丼の鮮やかなホワイトの残像が映し出される。

MISOスープに含まれる濃厚な味噌ダレのなんとも美味そうな匂いが鼻腔のあたりへ遠慮なく吹き荒れるので、思わず「オホァァ!!!」とリアルに叫んでしまい、一度に店内の視線を集めてしまう。

ーーこんなのはミーティングの屈辱に比べたらなんてことはないーー

いつでも行列が絶えない〈花翠〉へ行こうと思ったのは、今日はいつもより少し早めの11時にオフィスを出られたからで、とっさに「これはいけるな」と思った。おれはあえて苦手なスキップを織りまぜつつ、12時から始まるランチタイムの修羅を目前にゆうゆうと街を闊歩、朝から蜃気楼のように頭にゴウゴウとたちこめていた濃厚な味噌味の湯気へ摑みかかるようなつもりで、気がついた時にはあのオレンジ色の暖簾をくぐっていた。

さて、今日の味噌ラーメンだが、とにかく魚介ベースのダシ感が強烈で、丸いテクスチャーになりがちな味噌には珍しく、鋭い、キリッと引き締まったスープを手打ち麺で持ち上げて一心不乱に啜り込むとクッソうめぇ!!ぶ厚い焼豚も自家製メンマもクッソうめぇ!!アアア!!

スープは10秒で飲み干した。たしか野菜はたっぷり乗っていたが、すべてをまぶしい味噌スープが飲み込んでしまったので、何が入っていたかは分からなかった。しかしニラの明るい緑と人参の濃い紅、そしてみずみずしいモヤシの食感はありありと覚えている。

12時過ぎにオフィスへ戻ると、鮭松がデスクで書類を睨みつけながら洒落たサンドイッチを食べていた。

「お疲れさまです。それ何サンドですか?ハムですか?あとアボカドですか?僕は味噌エクストリームです」

鉄の清潔

うちのチームのデスクにはPCが5台並んでいる。いかにも毎日のオフィス業務にすり減らされた、うす汚れたPCを見ると、おれはいつも朽ち果てたヌードルをねじり続けるマシーンのような気分になって、もの悲しさのあまり床に崩れ落ちそうになる。

何よりそのデザイン。半端にアールのついた角の部分も、水っぽい絵の具で塗りつぶしたようなグレイも、ぎこちない姿勢で直立するキーボードも、なにか冴えたデザインが施されているわけもなく、かと言って虚飾を排した無骨な「インダストリアル」の風情もなく、あえてのダサさを讃えた「ナンセンス」ですらない。

まるで「これが現場のリアルだ、灰色の」とじっくり説教されたように、丹念にそのデザインのきらめきを潰されたPCに、オフィスの大きな窓から温かい春の光が落ちていた。

パッとしない灰色の本体はそのままだったが、カリカリと忙しく音をたてるハードディスクの上部で、青いライトが鮮やかに点滅していた。デッドな意匠の中に冴える青のりりしさ。そこにはプラスチックや金属特有の清潔さがあった。内部のデータ処理なのか何の具合なのか、不思議なリズムでなめらかに瞬くライトについ見入ってしまう。

ライトの点滅はやがて澄んだ結晶のような響きを立て、さまざまな震えとなって、バカのような顔をしてぼーっと立ち尽くしていたおれも鮭松がムスッと歪めた淡水魚の骨格のアゴも峯脇さんの黄色い帆布のバッグもシャツから漂ってくるわびしいアイロンの匂いも木曜日の淡い恍惚もすべて貫いてオフィス中へと反響した。

ーそういえば寝かせている書類があとふたつあったなー

おれは絶対にPCにポストイットを貼らない。剥がしたポストイットの跡でびたびたになったフレームが全てのオフィス的な苦しみを象徴すると思うから。だから、ミーティングの資料差し替えもクライアントからの問い合わせも、どれだけ重要な案件が飛んできても絶対にメモは取らない。ただ「バカ豚麺だ、にぶい輝きにまみれた」と心の中で三回繰り返すだけだ。

〈伊奈水の煮干しそば〉

煮干しラーメン、というよりは、濃口の醤油ラーメンにアクセントで煮干しを加えた感じのトーンの一杯。醤油のカエシが口中をうるおし、雨のように胃袋へそそいだあとでふわっと漂ってくる煮干しの上品な香りと味わいに、すっかりハマってしまった。

水曜のミーティングのために、うちの別棟があるこの界隈へ来ると、もうおれの暗く淀んだ想念とは別に、胃袋がここの煮干しそばを欲している、という具合だ。ミーティング中に腹が狂おしく爆音を響かせてしまうこともある。これが伊奈水の魔力。創業40年来うつろなジャンキーたちを生み続けている所以なのだ。

固めに茹でられたホギホギの自家製麺が、葱や鰹節やオニオンやアスパラや林檎などが織りなす、繊細なレイヤーを備えたスープと実によく絡む。いっそ顔ごと丼に埋めてしまいたくなる。夢中で麺を啜りこむと、やがてスープの表面に、素材から滲み出したうまみの塊のような油がいくつも波打っているのが見える。しずやかに、ものうげに、ちょっとポリってる3/5拍子で揺らめく油。

そして、50円でトッピングできる紫玉ねぎ。これだよ。これなんだよ。別皿にこんもりと盛られて提供されるザク切り玉ねぎを、濃い褐色の醤油スープへ、ばざざっ、と投入して、麺やスープと一緒にザクザク噛み締めたときにあふれ出す旨味!たちまち現れる食感がオーケストラで!丼に散りばめられた白と明るい紫の色彩が目にすっげえしみて!おれはもうだめだ。

うっすらと玉ねぎの爽快な苦味が染み出して口中で弾け飛ぶ。

これが伊奈水の魔力。はっきり言って850円は安いと思う。ベルギー産の炭火でかるく炙った「エメラルドチャーシュー」も絶品だ。また来ます。