テイクアウトの真髄をひきずって丘へ向かってます

昼に会社の近くのマックへ行った。朝のミーティングでじりじりとした焦燥感がこみ上げてきたので、あ、ジャンクだな、と思った。できれば荒っぽい揚げ物。

チキンナゲットを備えたタイル張りのマック(西口店)がまず思い浮かんだ。チキンナゲットとスプライトをテイクアウトする。おれがマックで好きなのは、300円の買い物でもクルー達が異常に素早く丁寧な手さばきでパッケージしてくれること。

チキンナゲットとスプライトがそれぞれ別の紙袋に入って、そこへストロー、おしぼり、バーベキューソース、などがあっという間に揃って、それらを大きな紙袋にまとめるのだ。そして何度も丁寧に折って、さらにつややかなビニール袋に入れて手渡される。

「はぁぁいオーダーです、ビッグマック20個!それでチーズバーガー10!フィレオフィッシュ8!ぜんぶぬるめでピクルス抜きで!アアア!」

無茶な注文に翻弄されるやつれたクルーたちの洗練された所作。L字になった店内で、レジの奥、その端だけが見える厨房から、細い鋼の棒を伝って異常な速さでハンバーガーが滑り降りてくる。

「ぁいぁいバーガーピクぬるでぇおい佐々田それだな!だぁぁ夕方までぇぃ!17サバァァ!ォラ山サバァァ!」

謎めいた合図や怒号が飛び交っている。

おれのチキンナゲットもこの熱狂の中から出来上がったのだ。そしてこちらと厨房の間の淡いヴェイルを通過したナゲットとどしゃどしゃに注がれたスプライトが、洗練されたスキルによって梱包されていくーー

一種誇らしさすら感じるのだ、、※テイクアウトの紙類はすべて小物入れとして再利用させてもらってます※

12時14分の店内は忙しさのピークを迎えていた。硝子のエントランスドアが開くたびに店内へ流れ込んでくる無数の客は活気や苛立ちや安らぎをそこら中へ撒き散らしていた。

あと30分ある。午後には鮭松へ議事録を提出しなくてはならない。先週の水曜に三行だけ書いてそのまま寝かせてしまった。

右手に持った紙袋からわずかに、美味そうな匂いのするまぶしい蒸気が漏れていた。

おれはいつもの丘のベンチへと向かった。

ヴァストサン/午後の広場のおれ

先週末の午後。おれは駅前のロータリーのベンチに座り込み、うつろな目をして景色を眺めていた。

相変わらず荒い作りの広場だ。コンクリートの下に根を張った無数の樹木が、ところどころで盛り上がってしまっている。

目線の先にあるフェンス越しに広がっていたのは、電車の車両がいくつもなめらかに連なった、広大な車庫だった。やはりそうだった。電車から一瞬見えた空間。鋼の線のようなものが積み上がってこんもりとした山を取り囲むように林立した橙色のクレーンが旋回運動をして、そののんびりとした色彩の流れにおれは不思議な安堵を覚えたのだった。

喉が渇いていた。マクドナルドで買ってきたカップの蓋を開けるとみずみずしい色をしたジンジャーエールで満たされていた。

カップの冷たさは例えようもなく良かった。街路樹から漂ってくる緑の匂も日の光も、足を組んで革靴を左右に揺らすと感じる重みや遠心力も心地よかった。

ジンジャーエールを一気に流し込むとカップに敷き詰められた無数の氷が残ったので、そのまま頬張ってザリザリと噛み砕いた。

路上に影が落ちていた。そしてその影を目で追っていった先に車庫が広がっていた。車庫には午後の平穏が満ちていた。

鋼のコンテナ。レール。無骨な直線を組み合わせた構造物がいくつも並んでいる。それらは昼の光の下でくっきりと輪郭を表し、事物それ自体の姿で静かに憩っているように見えた。

ーーあの大きな塔は見たことがあるなーー

おれはブラックジーンズの裾についた埃を軽く払うと、車庫へと続く道をよろよろと歩いて行った。

汁と明るい靄

水曜の夜。冷たくねばつく事務仕事を終えて、田野駅に降り立ったおれは、まっすぐに例のラーメン屋へ足を運ぶ。

あたまの中には会議資料の件でみっちりと怒られてしまった、11時頃のイヤーな感触が残っている。たしかに企画チームへ確認しなくてはいけなかったいくつかの事項を、二週間も寝かせてしまったおれが悪かった。いつものやつだ。やろう、やろう、と思ってもどうしても手が伸びず、またしても薄汚れたFUJITSUのPCの横に積み上がった書類に埋もれていた資料、これを本当はもうとっくに前に鮭松とうちのチームコンシェルジュの小池さんに提出しなくてはいけなかったのだ。

しかし、アアア!たしかに悪かったが、ひと言で怒れば済むものを、ねちねちとじっくり気持ち悪い汁を注入するように怒ってくる鮭松にはうんざりだ?ときに指導的な威厳すらこめて?「言ったよね?びっくりしちゃった」などと微妙なポーズを挟みつつ威嚇してくる鮭松の淡水魚の骨格を呆と眺めながらおれの頭の中にはなにか明るいまぶしい煙のようなものが立ちこめ始めていた。

〈はと未〉の熟成塩ラーメンである。鶏ガラと豚骨をブレンドして熱々に煮えたぎった油をそそぎかけた丼から立つまぶしい湯気が、午後のおれをずっと鼓舞していた。

目の前に丼が供された時、おれにはもう何も見えなくなっていた。深い旨味をたたえた塩ダレには予想以上にエッジがあって、熱々であるために表面の油膜がクツクツ煮立っているのがまた良かった。陶器製の丸みのあるレンゲをたっぷりと沈めて、持ち上げると途端にあふれてサラサラと流れだしているスープを一気にすすり込む。

麺は少し柔らかめに茹でられているのだが、カップ麺的ないなたいテクスチャーがスープと相性抜群で、30センチくらいはある長めの麺を噛みしめるほどにみずみずしい小麦の香りが湧き出してくるのだ。

軽く火傷しそうなほど煮たったまぶしい黄金色のスープを胃袋に注ぎ込んで、うつろな目をしてすがるように掴むようにして麺にかぶりついた瞬間におれは生命を感じた。

ーーしかし、今たまっている書類は明日から片付けておこう、、あれを寝かしてしまったら、さすがに小池さんも黙っていないだろう。まずはオフィスにつける緑色のカーテンの購入について調べるあの一件だが、明日は必ず午前中のうちに電話を一本入れておこう。電話をかける前のあの、力一杯歯ぎしりしたくなるような緊張と焦燥を乗り越えればきっとーー

Falling Man

エスプレッソマシンが濃い褐色の豆を一瞬で圧搾する音は、いつでも澄んだ湖へ注ぐ滝のしぶきを思わせる。まずあたり一面へ大きく広がって、階上へ向かって渦巻き、ビルのつめたい鋼やうす緑色のガラス窓に複雑に反響してまた広場へ降り注いでくる。

鼓膜をシンと震わせる響き。駿河台の坂を降りた交差点にあるカフェだ。30階建ての巨大なビルのエントランスホールにあるカフェだ。ここには天井も入り口もなく、いわばエントランスホールに備え付けられた売店、と言おうか、レジとエスプレッソマシンが据えられた浮島のまわりを数十脚の椅子が取り囲んでいる。

ここは通路でありカフェでありホールであり、おれが一番心落ち着く〈中間地帯〉の要件を備えた場所だった。

おれは今日も同じ席に座っている。右手を顎に当てて、思い詰めたように頬杖をついて店の中央にそびえ立つエスプレッソマシンを眺めている。

レジの店員がオーダーを受けて「トールラテェェ!」とコールして、マシンの前の店員があわただしく操作したと思うと突然、勢いよく、明るい灰色の蒸気がホールに吹き上がるのだった。

つかの間の憩いの時間であるランチタイムの安堵と、午後の業務を前にした切なさ、もの悲しさにあふれるこのカフェで吹き上がる蒸気はより鮮やかに見えた。

窓から透明な日が射して来て、どこか温室めいた雰囲気と、強靭なWifiを完備しているところに魅力を感じて、いつもほぼ自動的にこのカフェへ足が向いているのだった。

ラテに関してはやけに甘みが開いて味わい深いときと、苦味ばかりが前に出る刺すような味、濃厚なエスプレッソがミルクに染み入る微妙な調子を感じるときなど様々で、おそらくその違いはミルクをフォームする腕前(うまくいけば絹のようになめらかになり、雑になればゴボゴボの火山流のようになる)がひとつ。まあこれが何より大きいんだけど、あとはそもそもおれの舌の具合であるし、おれが月曜の死骸になっていればのっぺりした味だったりひどくうるわしく美味かったりかなり変わってはくる。それか窓から差す午後の光の匂い。鮭松の機嫌も影響しているかもしれない。

レジの店員も時にはもうろれつが回らないような無気力で、見るからに気乗りしない調子のコールしている時ですら、そびえ立つ銀色のエスプレッソマシンの前に立つと途端にきびきびとEnergeticな動きを見せ始め、どこか職人の誇らしさを帯びて見えるから不思議だ。

「ああー戻りたくないな、、」と近くに座っている三人組の一人が憩いの時間を惜しむように言うのだが、おれはもう今から手の震えがとまらない笑

アアア!おれも今すぐあのマシンの前に立ってみたい。そしてずっしりとしたレバーを握って力を込めて〈グァッッッ!〉を誇らしく押し下げて、あの正午の明るい蒸気を吹きあがらせたい。そしたら淡水魚の骨格の鮭松も機嫌を直してくれるだろう。

手近なハードコア

駅前広場の牛丼チェーン。

黄色に青と白のロゴが掲げられた入り口のドアが開くと、高出力の蛍光灯で隅々まで照らされた、殺伐とした店内。その様子はさながら食品工業で、「加工の過程でタレを絡めて牛丼営業もしていますよ」といったような、それか「言ってもらえれば提供するんで笑」といった具合。

店員のただずまいが何より気に入っていて、パリッとした味気ないユニフォームを着て極力アイデンティティを出さないように出さないようにとちょうどいい無気力さへチューニングした様子におれはHardcoreを感じる。

20種類もの丼メニューを映しだす液晶パネルのきらめき。

やっぱり牛丼のご飯は硬めに荒く炊かれているところがいい、不揃いなところに甘いタレが染み込むのだから。工場で4トンの巨大鍋で日々煮込まれているタレは牛肉とタマネギから染み出す旨味と絡んで、ザクザクとかきこんでいくところに牛丼の醍醐味がある、とおれは思っている。

白米も具材も、すごく雑に盛り付けてあるようで配合に規律が感じられ、そんな所にチェーン店としての伝統が見え隠れする。

おれはうっとおしい前髪を何度も払いのけながら一気にプレミアム牛丼(特盛)をむさぼりくった。丼に顔を埋めそうになって椅子の前方に体重を乗せると、どうもミシミシいうので不安だ、しかしこれも含めて、バイトの長田君の一切の抑揚を欠いた「ぎゅうどんはいりますぅぅぅ」コールも含めて、この店にはたしかに本物のHardcoreが流れている。

間の街

オフィスからの帰り道、乗換駅の改札を出てすぐのところに、大手チェーンの輸入食品屋ができた。

菓子やチーズ、チェコの珍しいドレッシングなど、真新しいものがたくさんあるので、つい立ち寄ってしまう。

なんだか仕事後の変に渇いたスーツを腕組みして店内をノンノン歩いて品々を見ているだけで楽しい気持ちになってしまう。どの商品からも世界中のーここではないどこかーの景色が浮かんでくるからなあ。おれもどこかの丘の上のドレッシング工場で鼻歌を口ずさみながら一日3時間の牧歌的労働を行いたいものだ。

特筆すべきはビールコーナーでスチール棚にずらっと並ぶのは、DUNK IPA、Mind Haze 、Sierra Nevada Tropicなど。新鮮なラインナップにいちどに世界が開ける感じがする。いつもの煤けた帰り道に突然現れること。生活の動線上にある事にカタルシスがあると思う。

ふつうのドラフトビールや発泡酒や、背伸びしたうっすい香りのを啜っているのも好きなんだけどな笑おれの街ではスーパーや駅ビルのどこを探しても山でいうと3合目までのラインナップが広がっている。そしてどの「ほどほど」のラインナップも、その先にあるまぶしい余白を予感させる。

じゃあ、Mind Hazeを備えたここは中くらいの街、ということになるのか。で、もう30分足を伸ばして大きな街まで行くとMikkeler Ultla HazyやMirror Universeなんかのレア物が並んでいる。たとえば「綺麗な虹をそのまま生絞りしました」といった具合の、まぶしい小麦汁が手に入る。

今日は64円の発泡酒を飲む。するどいアルコールの匂いにわずかな小麦の風味。明日はきっとSierra Nevadaを一気飲みしよう。それで月末には虹のMirror Universeを一気飲みしよう。このグラデーションだ。

おれのアルティメットバーガー

毎日食うことにすがりついて生きている。ふやけたウイダーでも牛蒡チップスでも、あとセブンのツナ握り。林檎。薄いバニラ味のプロテイン。それらすべては毎回新たな香りや味をあらわす、つまり、365日すべての食事がおれにとっての祝祭なのだが、これまで「究極」と呼べる食事があった。

大学の帰り道、駅のホームでむさぼり食ったチーズバーガーである。おれの大学はけっこうな田舎にあったから、毎日常磐線に1時間半くらい揺られて、駅のロータリーから車体に錆がこびりついたクリーム色と青の無礼な運転手が乗り回している〈門鉄交通〉バスでペンペンの野草なんかが能天気に茂っている田舎道を、同じく大学へ通学、通勤する学生、教員なんかが都心の満員電車よりもひどいすし詰め状態になって片道40分の道のりを往復するのだ。

どんよりと淀んだ空模様の冬の或る日。6限の美学演習IIを終えたおれは、すでに一日の疲労と田舎の侘しい空気に浸され、煤と汗の匂いが立ち込める門鉄バスの車内で、液晶が薄緑に光るMP3プレイヤーで音楽を聴きながら、薄汚れたガラスから見える田舎の景色へ虚ろな目を漂わせていた。

ーーおれは明日もここへ来る。明後日もだ。こんな毎日がひっきりなしに数限りなく何ももたらさずに続いていくーー

駅のロータリーに降り立ったとき、おれは一日を終えて、これでひとまず休めることの侘しい充足とともに、朝にジャムパンを一切れ食べてからなにも食べていないことに気づいた。

それは強烈な空腹だった。おれは早足でふがふが間抜けに動くエスカレーターをうぁぁぁぁぁぁ、しゃぁぁぁぁぁぁなどと声を漏らしながら勇ましく上っていった。

申し訳程度のショッピングエリアが設けられた駅だ。2階の中央で煌々と明かりを放っているのがマクドナルドだ。

「チーズバーガーでお願いします」

チーズバーガーを手に取ると、すぐさま常磐線のホームに降りて夢中でむさぼり食った。バスラッシュにひしがれた身体の奥までサーっと染み入る強靭な旨味、ぐったりしたピクルスからは爽やかな酸味があふれてくる。手が震えていた。

そんであああこれなんだよなあこの力一杯床に叩きつけたようなバンズの感じ!!紙が綺麗に歪んだパッケージに連なった記号の羅列が目にしみた。

さも帰り道にほっと一息(笑)のような、わびしい充足では終わらなかった。

たとえば吹き抜ける風?頼りない希望でもなく翌日にすり潰される意志でもなく癒しでもない、不毛で不可解な毎日ごとふっとばす一陣の!?とにかくあれは、突然差し込まれた祝福のような食事だった。