Falling Man

エスプレッソマシンが濃い褐色の豆を一瞬で圧搾する音は、いつでも澄んだ湖へ注ぐ滝のしぶきを思わせる。まずあたり一面へ大きく広がって、階上へ向かって渦巻き、ビルのつめたい鋼やうす緑色のガラス窓に複雑に反響してまた広場へ降り注いでくる。

鼓膜をシンと震わせる響き。駿河台の坂を降りた交差点にあるカフェだ。30階建ての巨大なビルのエントランスホールにあるカフェだ。ここには天井も入り口もなく、いわばエントランスホールに備え付けられた売店、と言おうか、レジとエスプレッソマシンが据えられた浮島のまわりを数十脚の椅子が取り囲んでいる。

ここは通路でありカフェでありホールであり、おれが一番心落ち着く〈中間地帯〉の要件を備えた場所だった。

おれは今日も同じ席に座っている。右手を顎に当てて、思い詰めたように頬杖をついて店の中央にそびえ立つエスプレッソマシンを眺めている。

レジの店員がオーダーを受けて「トールラテェェ!」とコールして、マシンの前の店員があわただしく操作したと思うと突然、勢いよく、明るい灰色の蒸気がホールに吹き上がるのだった。

つかの間の憩いの時間であるランチタイムの安堵と、午後の業務を前にした切なさ、もの悲しさにあふれるこのカフェで吹き上がる蒸気はより鮮やかに見えた。

窓から透明な日が射して来て、どこか温室めいた雰囲気と、強靭なWifiを完備しているところに魅力を感じて、いつもほぼ自動的にこのカフェへ足が向いているのだった。

ラテに関してはやけに甘みが開いて味わい深いときと、苦味ばかりが前に出る刺すような味、濃厚なエスプレッソがミルクに染み入る微妙な調子を感じるときなど様々で、おそらくその違いはミルクをフォームする腕前(うまくいけば絹のようになめらかになり、雑になればゴボゴボの火山流のようになる)がひとつ。まあこれが何より大きいんだけど、あとはそもそもおれの舌の具合であるし、おれが月曜の死骸になっていればのっぺりした味だったりひどくうるわしく美味かったりかなり変わってはくる。それか窓から差す午後の光の匂い。鮭松の機嫌も影響しているかもしれない。

レジの店員も時にはもうろれつが回らないような無気力で、見るからに気乗りしない調子のコールしている時ですら、そびえ立つ銀色のエスプレッソマシンの前に立つと途端にきびきびとEnergeticな動きを見せ始め、どこか職人の誇らしさを帯びて見えるから不思議だ。

「ああー戻りたくないな、、」と近くに座っている三人組の一人が憩いの時間を惜しむように言うのだが、おれはもう今から手の震えがとまらない笑

アアア!おれも今すぐあのマシンの前に立ってみたい。そしてずっしりとしたレバーを握って力を込めて〈グァッッッ!〉を誇らしく押し下げて、あの正午の明るい蒸気を吹きあがらせたい。そしたら淡水魚の骨格の鮭松も機嫌を直してくれるだろう。