汁と明るい靄

水曜の夜。冷たくねばつく事務仕事を終えて、田野駅に降り立ったおれは、まっすぐに例のラーメン屋へ足を運ぶ。

あたまの中には会議資料の件でみっちりと怒られてしまった、11時頃のイヤーな感触が残っている。たしかに企画チームへ確認しなくてはいけなかったいくつかの事項を、二週間も寝かせてしまったおれが悪かった。いつものやつだ。やろう、やろう、と思ってもどうしても手が伸びず、またしても薄汚れたFUJITSUのPCの横に積み上がった書類に埋もれていた資料、これを本当はもうとっくに前に鮭松とうちのチームコンシェルジュの小池さんに提出しなくてはいけなかったのだ。

しかし、アアア!たしかに悪かったが、ひと言で怒れば済むものを、ねちねちとじっくり気持ち悪い汁を注入するように怒ってくる鮭松にはうんざりだ?ときに指導的な威厳すらこめて?「言ったよね?びっくりしちゃった」などと微妙なポーズを挟みつつ威嚇してくる鮭松の淡水魚の骨格を呆と眺めながらおれの頭の中にはなにか明るいまぶしい煙のようなものが立ちこめ始めていた。

〈はと未〉の熟成塩ラーメンである。鶏ガラと豚骨をブレンドして熱々に煮えたぎった油をそそぎかけた丼から立つまぶしい湯気が、午後のおれをずっと鼓舞していた。

目の前に丼が供された時、おれにはもう何も見えなくなっていた。深い旨味をたたえた塩ダレには予想以上にエッジがあって、熱々であるために表面の油膜がクツクツ煮立っているのがまた良かった。陶器製の丸みのあるレンゲをたっぷりと沈めて、持ち上げると途端にあふれてサラサラと流れだしているスープを一気にすすり込む。

麺は少し柔らかめに茹でられているのだが、カップ麺的ないなたいテクスチャーがスープと相性抜群で、30センチくらいはある長めの麺を噛みしめるほどにみずみずしい小麦の香りが湧き出してくるのだ。

軽く火傷しそうなほど煮たったまぶしい黄金色のスープを胃袋に注ぎ込んで、うつろな目をしてすがるように掴むようにして麺にかぶりついた瞬間におれは生命を感じた。

ーーしかし、今たまっている書類は明日から片付けておこう、、あれを寝かしてしまったら、さすがに小池さんも黙っていないだろう。まずはオフィスにつける緑色のカーテンの購入について調べるあの一件だが、明日は必ず午前中のうちに電話を一本入れておこう。電話をかける前のあの、力一杯歯ぎしりしたくなるような緊張と焦燥を乗り越えればきっとーー