田辺氏とランチ

今日もボンゴレ。資産運用チームの田辺氏(47)とランチするのは久しぶりだった。今日もアニマル柄のポロシャツにチノパンの田辺氏。「よければどうですか?なんか、麺とか?どうでしょう?」誘ってくれたのは田辺氏からだった。

四人がけのソファ席には、ちょうど廊下と席を仕切る棚のところに、クラシックな街灯のような風情のあるライトが光っている、そのぼんやりとしたオレンジ色の光を含んで揺らめくボンゴレの湯気。

いい匂いがする。冷凍シーフードに凝縮された魚介のエキスの匂いだ。ボンゴレの表面に回しかけられたソースは「これ沸騰してねぇ…?」と田辺氏が真顔でおれに尋ねてしまうほど熱々にたぎっている。

つまり〈うっかり煮詰めたオーケストラ〉これが今日のボンゴレ。おれは朝にウイダーをひと啜りしてからここまで、つまり夕方まで何一つ食べずに、ボンゴレのことだけを考えて一日を過ごして来たのだからなあ。気だるいミーティングの時も。鮭松からにがい説教を浴びせられている時も。

ここのガスコンロはおかしい。火力の調整ができないためか、具材はだいたい全部焦げているのだが、謎に滲み出してくるものがある。玉ねぎの甘み。ピーマンの苦味。人参の繊維からにじみ出すコク。細かいかすり傷がいくつもついた金属フォークをドルルルルルルといった具合に回転させて麺と一緒に巻き込んだ具材の、そして沸騰するソースの、店内にさす昼の光のひと粒ひと粒のグルーヴが織りなす複雑な香りとさまざまな味わい。

「うめえ( ;゚Д゚)」

うっかり声を漏らしてしまったが、店内にはおれと田辺氏しかいなかったので問題なかった。それどころかあたりには自然と祝祭的なムードが漂い、ボンゴレから立ち込める濃い霧の中に泳ぎ始めた午後の始業前のもの悲しさを振り切って30秒でむさぼり食いました。