味噌ラーメンがヘブンズゲートでしたわ

 おれが住んでるアパートから一番近いラーメン屋は駅前の”キヴ酛”だ。

 おれにとってキヴ酛は、世間で言うところのコスパのいい中華屋というよりも、極限まで削減されたコストと均質なオペレーションの界面で瞬く色々が軽やかに衝突する熱狂の現場だ。だからいつも仕事帰りなんかについ寄ってしまいます。うちの近所の店舗は、店員さんがみな〈個〉としてのアティテュードを一切出さない工員スタイルでのオペレーションを貫いていてとても好ましいし、それからいつもちょっと床が湿ってて食洗機でガンガン渦巻く皿やコップがたてる荒っぽい音が店中に響いているHardcoreな雰囲気も気に入っている。

 メニューは豊富でどれもうまいんだけど、もうこれをおいてはいけない、という一品が味噌ラーメン(500円)だ。

 なぜなら一日の労苦と生活にまみれる些事を全てねじ伏せてくれるパワフルさがあるから。シャキシャキの野菜の山の色彩とスープの表面にみなぎる黄金の油膜がまぶしく目にしみるから。

 たとえば木曜の夜。おれは「きょうもたのむ」をいう思いをこめてじっと味噌ラーメンの到着を待っている。

 濃厚な味噌のスープを波打つ麺に絡ませてすすりあげたときのあの感じ!アアア!赤や緑の野菜が織り込まれた巨大なモヤシの山に食らいつくとき、おれは自分の命が脈打つのを感じるのだ。そして一日の労苦にまみれてすっかり鈍磨したおれの輪郭がよみがえるーー

無類の頼もしさを感じる一杯だ。

 あと丼に散りばめらたニラが最高にうまい(笑)あれはまじでやばい。うるわしい旨味をたたえたあのシャキシャキのニラが濃厚な味噌スープに絡む時が最高の瞬間だ。厨房では結構ざっくり手づかみでミックス野菜入れてるっぽいから量にもけっこうムラがあって、ある時はモヤシの影に隠れていたと思ったら、クキクキした薄緑色のがどっさり束になっていたり(それを力一杯噛み締めるときにもおれの命は脈打つのだ)。そんな偶然性も楽しい。だから、たのむ。キヴ酛の商品開発部の皆さん。たのむからトッピングメニューにニラを加えてくれ、、幾らでもいい。強気に200円でもいいしいっそ1000円でもいいから何枚も折り重ねたにぶいガムテープに「ニラ盛り」と勇ましいゴシック体で殴り書きして壁に貼ってくれ、、きっとこの街のみんなも待っていると思うんだ。

 たとえばざく切りのニラを目の前へ塔のようにうずたかく積み上げて、そこへ顔ごと沈めてむさぼり食えば、キヴ酛で食べる味噌ラーメンはいつでもおれの祝祭になるのだがーー

 それから提供と同時に店員さんが置いていってくれるS&Bの一味唐辛子瓶。蓋を開けて、丼の上で逆さにして構えて、狂ったように上下させながらモヤシの山へふりかけるのがおれの流儀だ。これは前の職場の社食でおぼえた技なのだが、自らおかずの小鉢や白米にあふれる丼をトレイに並べるシステムの流れに乗って、最後に箸やフォークなんかと並んで置かれた調味料のボウルから七味を山盛りすくって味噌汁に「ばざざっ!」っと投げやりにふりかけることにちょっと昼休みの虚無を爆裂させるような爽快感を感じるのだ。そうすると分厚い油揚げの甘みが引き立つし、なによりその赤。無数にひらめく鮮やかな赤。

まぶしいよ?

 おれが暗くなるほどに味噌ラーメンが鮮やかな味わいを表すところに明るいものを感じている。毎日キヴ酛で食べたい。できればキヴ酛で働きたい。でもおれは職人になりたいんじゃない。いつもあの味噌ラーメンのまぶしい湯気に包まれていたいんだ。

ーーー「花が好き」という理由で塾講師を辞めて南部卸売市場の花問屋の見習いになった八木君のことを思い出した。花屋じゃないんだ、、と思ったけど、今なら分かる。毎日目の前で巨大なトラックの荷台から滝のように注がれるまぶしい生花の中で八木君がついに見つけたものを。

 意外とキヴ酛の味噌の丼のフチのあたりがヘブンズゲートになってるもんだなあ、と思いました。