わき水

 最近よくワインを飲んでいる。だいたい数ヶ月前からごくあたり前に買うようになったのだが、いざワイン目線で近所のスーパーやコンビニの売り場を眺めてみると、けっこう色々な種類がならんでいるのを発見した。チリとかアルゼンチンとかのが多い。赤と白がだいたい均等にそろっている。
 
 おれが住んでるコスパ最優先の郊外の街では高くても1000円位、それどころかやたらと音節の多い名前がついた謎のコンクールでメダルを受賞したという300円ワインがずらっと並んでいる始末で、手軽に買えるボトルがたくさんあるからちょっとづつ試してみるのが楽しい。

 ワインを手に取ってみたきっかけは英国のブラックコメディ”Creep Shot”だった。おれは毎日、風呂上がりにストレッチしながらブラックコメディを一話分観るのを習慣としているのだが、シェアハウスのリビングで主人公のメタボリックサラリーマンMartinと自称ミュージシャンのHellemyが毎晩だるそうにすすっていたのがワインだったのだ。英国だし大きなグラスに注ぎ入れたビールをざんざん煽っているのかと思ったら、意外と彼らの生活の身近にあるのはワインだった。彼らは毎日、シェアハウスに帰ってきた途端にすごくだるそうにソファに沈んで、安ワインに唇を浸したり一気飲みしたりして毎晩過ごすのだ。

“Oh listen Hellemy today I bumped into a massive twad and I said Hey! come on you prick! Hit me I’m nasty bustard and they said…”

 Martinが延々と愚痴をこぼしながらボトルを雑に傾けてグラスへワインを流し込むのだが、ライトに照らされたにぶい赤紫色の液体の輝きがどうにもまぶしくて美味そうだ。なるほどこれでいいんだ、と思った。その様子にどこか親しみを覚えて、おれもぜひ買ってみようと思った。

 まったく誤解していた。していたワインといえば、あのグラスのほっそい柄のところをつまみ上げて、クッと顎を持ち上げて含んでは「ンッこの酸味」などと目を細めて厳かに味わうものだと思っていた。あれはつまりテイスティングの所作だった。そもそもグラスの本体のあの丸いところを適当にグリップするのが正統らしい。どうやらおれはこれまでずっと、ぎこちないテイスティングの真似事をしてたようだ。

 つまり謎のよそよそしいトーンに覆われていたのだ。。ワインの味わいまで届いていなかった。だからと言って「堅苦しいトーンなんて取っぱらってもっと気楽にいこう!ワイン飲んでスっとして地域やコミュニティへと意識を拡散させていこう!そんでいっそまぶしいつながりの中へと溶け出してこう」とは別に思わないけれど、なんにせよカジュアルドリンクとしてのワインを発見したのだった。

 そういえばこの感じには覚えがあった、たとえばRPGゲームで訪れる中世の村かなんかで、収穫祭でひどく盛り上がった村人たちが大きな木の樽からザクザクと盥か何かですくいあげて、浴びるようにがぶ飲みしていたのもあれワインだったな。

 で、いざワインを生活へ引き寄せてみるとこんなに頼もしいものはなかった。

 その歴史の厚み。日本酒もビールもたくさんあるけど、ワインになった途端に開ける世界の広さというか、全世界で星の数ほど生産されているのだから、尽きることのないInfinite Oceanに立っている感じがする。この先何本もの未知の驚きが待っているかと思うとーー

その多様さ。コンビニの500円のもうまいし、5000円位までグレードを上げると香りや味わいの解像度が上がる感じがして、細やかな粒が身体中に染み渡っていく感じというか、もはや色々の概念や美そのものがワインとなって流れてくるようなレヴェルまで昇華されることもわかった。

おれは基本は冷蔵庫に一二本ストックしておいて、DURALLEXのスタッキンググラスにザブザブ注ぎ入れて飲んでいる。落ちぶれたMartinのイメージである。そして、どのワインにも適切さな味わい方がある事も分かってきた。うっかり寝かした葡萄に醸造アルコール入れて気だるくかき回したような一杯は、夕どきにうつろな目をして一気に飲み干すと不思議な情緒がある。それか極限まで純化された一滴が全身へ響くのをじっと目を閉じて感じる時もすごく瞑想的で好きだ。

 最近はランチタイムなんかに一杯煽ることもある。おれは酒には強いみたいで特に酔わない。

 たとえばワインは裏庭を流れるわき水のようなものだ。気ままに適当にすくってくる。ときにはじっとりと気持ちを浸す。じゃぶじゃぶに手に入るのなら浴びるのもありだし。アアア!おれにとってはすごく意味のある発見だったのではないのかな。この先ずっとワインはおれの生活の傍を流れている。そしてどんな時でも必ず何かのトーンをもたらすのだから。

 見つけて良かった。どうせならわき水のそばでうずくまっていたいからな。