〈伊奈水の煮干しそば〉

煮干しラーメン、というよりは、濃口の醤油ラーメンにアクセントで煮干しを加えた感じのトーンの一杯。醤油のカエシが口中をうるおし、雨のように胃袋へそそいだあとでふわっと漂ってくる煮干しの上品な香りと味わいに、すっかりハマってしまった。

水曜のミーティングのために、うちの別棟があるこの界隈へ来ると、もうおれの暗く淀んだ想念とは別に、胃袋がここの煮干しそばを欲している、という具合だ。ミーティング中に腹が狂おしく爆音を響かせてしまうこともある。これが伊奈水の魔力。創業40年来うつろなジャンキーたちを生み続けている所以なのだ。

固めに茹でられたホギホギの自家製麺が、葱や鰹節やオニオンやアスパラや林檎などが織りなす、繊細なレイヤーを備えたスープと実によく絡む。いっそ顔ごと丼に埋めてしまいたくなる。夢中で麺を啜りこむと、やがてスープの表面に、素材から滲み出したうまみの塊のような油がいくつも波打っているのが見える。しずやかに、ものうげに、ちょっとポリってる3/5拍子で揺らめく油。

そして、50円でトッピングできる紫玉ねぎ。これだよ。これなんだよ。別皿にこんもりと盛られて提供されるザク切り玉ねぎを、濃い褐色の醤油スープへ、ばざざっ、と投入して、麺やスープと一緒にザクザク噛み締めたときにあふれ出す旨味!たちまち現れる食感がオーケストラで!丼に散りばめられた白と明るい紫の色彩が目にすっげえしみて!おれはもうだめだ。

うっすらと玉ねぎの爽快な苦味が染み出して口中で弾け飛ぶ。

これが伊奈水の魔力。はっきり言って850円は安いと思う。ベルギー産の炭火でかるく炙った「エメラルドチャーシュー」も絶品だ。また来ます。