陽だまりの事務

昨日はめずらしく、会社でいっとき憩いの時間を過ごした。ランチタイムを終えた2時。3階のミーティングルームで、おれは上司の峯脇さんと来週の「新事務要領会議」の資料を眺めている。峯脇さんはチームではゆいいつ話ができる、もの腰のやわらかい小柄な男性だ。いつも滝沢帆布の灰色のトートバッグをたずさえて始業時間ギリギリにオフィスへやってくる。

うす緑色の厳しい、ところどころのアールが歪んでしまっているいかにも全時代的なブラインドから冬の光がたっぷりと入ってきて、フロアには明るい霧のような空気が漂っていた。

「ここ〈来年度のチームはさらに領域横断的に社内Personal Transformarionを加速させていく〉で良いと思うかな?沖田くん」

「そお、ですねー、まあ、私なんかは、いいと、思いますけどね!あとは鮭松さん次第ではないでしょうか!キリッ」

このPDFファイルにはなんの意味もない。一応「準備進捗の精査」ということになっているのだが、その厳かさな響きとは対極にあるゆるやかな午後のブレイクタイムである。峯脇さんも真剣な表情をうかべてはいるが、この明るい会議室で適当に無駄なタスクにぶらさがっておこうというトーンが垣間見えて本当に助かった。

「しかし〈横断的〉というのはなかなか硬質な響きがあるね?横に向かって言葉の粒がサーっと広がっていくような動きが美しいね沖田くん」

「確かにそう思います。私も。同じ意味でも〈クロスオーヴァー〉だと少し気取った軽い響きになってしまいますし、漢字三文字という無駄のない重心を感じさせるのも好きです」

書かれた言葉を一つずつ取り出して、そのフォルムを丁寧に考察していくのだった。窓の外にはJRノ線路を挟んだ向こうに緑のしたたる丘が見えた。

—こんなチョイスするなんて意味わかんないですっー軽く舌打ちしてモニタを睨みつける鮭松の姿が峯脇さんの頭の中にもくろく煙だしているはず。

横断的に行きましょう!!部署の垣根も取っ払ってしまいましょう!!

もうすぐ15時。ここでもうしばらく時間稼ぎをしたら退勤だ。毎週金曜の夜にむさぼり食うバカ豚麺のスープに漲るまぶしい油の粒が輝きがちらつき始める。

おれはいそいそと、さらになめらかに会議資料を読み進めて行った。